 |
ここがアズサ・ストリート。
100m くらいの路地で、行き止まりになっています。 |
 |
この標識がないと、気づかずに通り過ぎてしまうような、小さな通りです。 |
 |
アズサ・リバイバルに関する説明板。「1906年〜1931年にアズサ・ストリート・リバリバルがあった場所で、世界的なペンテコステ運動の発祥の地となった」とあります。
|
|
すると突然、天から、激しい風が吹いてくるような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。また、炎のような分かれた舌が現れて、ひとりひとりの上にとどまった。すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。(使徒の働き 2:2-4 )
1906 年に W.J . シーモアという牧師がロサンゼルスにやってきました。彼は聖霊や異言という当時の人 には耳慣れない説教をしましたが受け入れられず、教会から追い出されてしまいます。その後、彼を受 け入れてくれた家で彼が話していると、そこにいた人々が聖霊に満たされて、異言(聖霊の力を受け、 外国語のようなことばで話し出すこと)で語り始めたのです。このニュースはあっという間に広まり、アズ サ街 312 番地の古い建物で行われる集会に全米から多くの人が集まってくるようになりました。そこで 多くの奇蹟が起こり、アズサ・ストリートで始まったペンテコステの炎はアメリカ全土、世界中に広がって いったのです。
このような歴史的な場所が、現在は日本人町になっているというのは不思議な感じがします。現在のア ズサ・ストリートは、 100 メートル位のちょっと広い路地のような感じで、アズサ・リバイバル発祥の地と いう小さな看板があるだけです。私たちは、毎週金曜日に、このアズサ街で祈りをささげています。週 末の礼拝に多くの人が参加できるように、問題を抱えている人たちが救われるように、クリスチャンだけ でなくすべての人々が祝福されるように、皆で集い、一致して、祈りつづけています。
あなたがたのうち二人がどんなことでも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父はそれをかなえてくださいます。二人でも三人でも、わたしの名によって集まる所にはわたしもその中にいるからです。(マタイの福音書 18:19-20)
メンズ・グループの証しを紹介します。
|
 |
私は10年前、自分では申し分のない理想の一流の仕事と思って働いていました。それは、オレンジ郡のすばらしい地区の中の病院で、功績のあるレントゲン医職でした。
その頃私は、2年ほどダヴァール教会に通っていました。そして、神様はどんなに自分の人生が空しいかを、私に見せ始めました。それは世の成功(出世)と富を求めるものでした。それを知った時、私はその仕事をやめる事を決め、新しい人生の道を神様に求め始めました。
(全文を読む)
|
 |
きよとは僕の友達でした。彼はスポーツマンでした。スキーが趣味で、優秀なサッカー選手でもありました。そんな彼が17歳のある日、スキーの事故で、下半身右腕マヒの身体障害者になってしまいました。体を自由に動かせず、痛みが常に体を襲うという人生になってしまったのです。将来に対する希望をまったく失い、人生に対する目的も一瞬にして失ったきよとは、お酒を大量に飲み、死ぬのを待って生きていたのです。
そんな彼にある日、イエス様が語られたのです。彼はイエスキリストに出会い、新しい命と平安、喜び、希望を頂いたのです。
(全文を読む)
|
 |
昨年、ストレスが原因だと思うのですが、仕事中に呼吸が苦しくなり、しょっちゅう深呼吸をするようになりました。夜、寝てい ても海でおぼれる夢を見て何度も目が覚めました。病院で「睡眠時無呼吸症候群」と診断され、睡眠検査をしたら 1 時間に 17 回も呼吸が止まっていました。海でおぼれる夢は夢ではなく、本当に呼吸が止まって息苦しかったのでした。
その症状が 2 ヶ月位続きましたが、日曜日に教会で持たれた聖書の学びの後に「胸に痛みのある人、出てきなさい」と言わ れました。
(全文を読む)
|
お問い合わせ
ご感想、ご意見をご自由にお寄せください。davar-men@davarkg.com
|